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金沢大学附属病院 精神科 私の抱負 三邉教授

平成二十五年度 巻頭言


平成25年同窓会年報の巻頭言

同窓会会長・金沢大学教授 三邉義雄


同窓会会員の皆様にはいよいよご清栄、ご健勝のこととお慶び申しあげます。平成24年は、私が金沢大学にお世話になりまして7年目の年でございました。会員の皆様のご助力ご支援に対し、誌上にて改めて心よりお礼申しあげます。主任教授の最大の務めとしては、主に臨床のための人材と主に研究のための資金の獲得、さらにそれらに支えられた医学教育の充実であることを常に肝に銘じ、引き続き精進致したいと思います。下記に新年度を迎え、最近思うことを改めてまとめさせて頂きました。同窓会会員の皆様の変わらぬ御指導、御鞭撻を改めてお願い申し上げる次第でございます。

@教育
教育は卒前、卒後に大きく分けられ、さらに卒後教育は初期研修と入局後教育となる。
卒前教育は学部4年生が対象である系統講義から始まる。精神科の総論・各論につい
て、外部の4人の非常勤講師を含む16人の講師が1回ずつ分担で行う。ちなみに外部の講師は粟津神経サナトリウム・小林(認知症)、北陸病院・村田(司法精神医学)、高松病院・北村(救急と災害)、能登総合病院・西村(へき地医療)の各氏(いずれも敬称略)である。誌上を借りて、改めてお礼申し上げる次第である。学部5年生になると、数人で一組のBSL(Bed-Side Learning)が始まり、精神科には約1週間滞在する。外来・病棟見学の他、実際患者さんを担当してもらう。その合間には、4年生の復習というべきミニ講義も受けるので、けっこう多忙である。最後に担当患者のまとめとともに感想文を書いてもらうが、「精神科に抱いていたイメージが変わった。精神科への偏見がなくなった」という感想が多く、教官もやりがいを感じている。学部6年になると、精神科に比較的興味をもっている学生は、約1か月の精神科臨床実習(クリ二カルクラークシップ、略してクリクラ)を選択できる。1回に4人定員で計3グループが来るので、毎年10人前後の学生が精神科クリクラを選択する。BSLと違い期間が長いので、副主治医的な役割で患者を受け持ってもらう。また、外部病院の見学として、高松病院、北陸病院、松原病院に半日訪問をしてもらう。そろそろ国家試験準備も必要なので、合間の受験勉強はOKである。さらに、実習の最後には、有志のOBの方にも参加して頂き、入局勧誘を含めた、医師と学生の懇親の一席を設ける。
 卒後教育は、まず初期研修から始まる。幸い金沢大学の初期研修医は多く、1か月単位の精神科研修を選択する者だけでも、1年で延べ50人近くに上る。やりがいがある反面、これだけの数を実際の精神科入局に十分結び付けられない歯がゆさも正直ある。しかし、どの診療科を専門にしても、(特に患者の高齢化で)精神科的対応は重要になりつつあり、すべての初期研修医にこの点は十分学んで頂きたい。入局後の教育は、とりあえず精神保健指定医の取得が目標であるが、幸い関連病院の協力もあり支障なく行われている。大学病院に多い症例、大学以外で多い症例があり、おのずとこの間に医師自身が精神科の医療体制を理解できると思う。入局時に、大学の人事で異動するのは指定医獲得までと説明しているが、指定医を獲得した後も医局の指導でしかるべき所でしばらく後輩の指導に当たって頂ければありがたい。そうでなければ医局体制の最も良い点である、“先輩から後輩への臨床教育を通しての人脈形成、御縁形成”が、途絶えてしまう。この辺りは無理な押し付けはできないが、医師本人から自ずと理解して頂ければありがたいし、そうでなければ医師の人間としての資質にも疑問符が付くのではないであろうか?
 最後に、将来の精神医学および精神科医療の指導的人材の育成について、私見を述べたい。指導的人材の育成は優れた臨床と研究の中に自然と生まれる、と考える。この意味では大学院教育を中心とした研究教育の意義は大きい。未知数の多い医療の分野で、研究的側面が教育からなくなれば、それは蓄積されたマニュアルを習得するだけの専門技術教育となり、大学教育というより専門学校的教育になってしまう。ただし、最近深刻な医師不足を背景に大学だけでは医師育成は不十分として、医師の専門学校的教育を新たに求める声もある。一方、医学部の基礎医学の研究教育の人材不足は、深刻さを通り越しまさに払底している。研究教育の問題は、医師育成のみならず、若い人材を中心とした大学アカデミアひいては地域(特に文教都市を目指す金沢市のような)の活性化に通ずる、大きな問題と考える。

A臨床
大学病院精神科の特徴は、@で述べたように、総合病院精神科の基幹病院としての役割
である。結果外来・入院において、リエゾン症例が多いのが特徴であろう。リエゾン症例は、今後患者の長寿高齢化でさらに増加すると思われ、総合病院医療における精神科の重要性は益々増大するであろう。現に、一時逆風が吹いて閉鎖に追い込まれたことが多かった総合病院精神科に、最近施策上の追い風が吹いているのはこの反映であろう。私の考えとしては、精神科医療の急性期は(総合的医療レベルが高い)総合病院精神科、慢性期は(リハビリ福祉の充実した)単科精神科が大まかに分担して受け持つべきと考えている。これは、個々人が自分の愛する家族に精神疾患が発生した場合を想定すれば、容易に共通の認識と考えられるのではないだろうか? いずれにせよ、医療全体の中で精神科医療がより必要とされ、そのことで今まで以上に精神科医療への理解が進み、結果として(一般市民より医療関係者に根強いとされる)精神疾患や精神科医療への偏見や忌避感情が和らぐことを願いたい。
 精神科医療の裾野は広く、個々の人材や施設がそれぞれの役割を担い、結果として全体で医療の責任を分担することになる。その意味で医療連携は重要である。幸い、金沢市周辺では、人口当たりの医療従事者や医療施設の多さに裏打ちされ、全国的にもトップレベルの医療が救急急性期からリハビリに渡って展開されている。一方、同じ石川県でも奥能登地方は日本有数の過疎地であり、“病院に行き医療を受けること自体がむずかしい”という、まさに現代社会とは思えない現状がある。この問題も、単に石川県の中の地域格差でなく、日本全体で今後深刻化しうる地域格差の先取り現象の感もある。まさに大学教育や医療の問題は、特に北陸のような“地方”において、今後地域活力の維持のための核心的事項であろう。

B研究
既に述べたように、人材の育成は優れた臨床と研究の中に自然と生まれる、と考える。
 真摯に臨床を行う時、いかにマニュアル通り治療できない症例の多いことに気づき、自然と研究に関心が向けられるのはむしろ自然なことかもしれない。ただし最近の若い医師の大学院離れをみると、現在の大学を中心とする医学・医療研究体制が現場の実情に十分呼応していないことも一因と考えざるを得ない。また医療現場、研究現場それぞれが、以前より多忙化し競争的になっている結果、臨床と研究の同時進行が現実的に困難になりつつあることも一因と考える。このためにはアカデミズムに偏りすぎない研究テーマの設定とともに、臨床と研究をシステムとして独立させ、研究に集中する時期は臨床業務からある程度解放される必要があると考える。このためにはそれに応じた資金面(特に人材が雇用できる大型研究費)の裏打ちが必要不可欠であろう。幸い我々は、子どものこころの研究に関するいくつかの大型研究費の供与を国から受け、従来の臨床・教育のための教官以外に、棟居特任教授や菊知特任准教授など数名のスタッフを研究中心の業務に専念させることができた。さらに、米国で長年研究に専念された橋本准教授や戸田講師をスタッフとして迎い入れ、御本人たちには自身の臨床と研究のキャリアバランスを取って頂くとともに、教室の研究面での国際的視野の拡大を促進したと思われる。このような研究専念型スタッフの整備により、さらに業績が増えて大型研究費を取得するチャンスが増え、結果として研究専念型スタッフを長期継続雇用できる“良い連鎖”が形成されることになる。研究に関しては、最近の文科省は明らかに拠点集中配分(全国の大学の交付金・教官を一律に漸減する一方、特定の大学に研究資金を比較的集中投資する)の方針であり、金沢大学全体としてもこのこと(金沢大学自体が各分野において研究拠点として国から認知されるか否か、その結果としてどの分野を金沢大学の重要研究課題とするか)を真摯に受け止めている。従来の研究業績はあくまでこれまでの結果であり、今後の研究の発展性は大型研究費の獲得状況に依存するので、今後研究を目指す人によってはこちらの方が重要な選択の指標になるかもしれない。
 最後に、今後研究や教育における大学間の連合や連携が、益々盛んになると思われる。これは上記の研究拠点化を目指す一つの手法であるが、最近の大学数の過剰や少子化による学生数の減少から、国立大学も例外でない大学の統合や整理が時代の流れとして共通の理解になっていることも一因と考えられる。さらに20-30年後に予想される人口減少の加速化は、臨床業務においても同様のことを考えざるを得ないと思われる。若い方々には、現在の臨床医療現場の“売り手市場”がおそらく時限付であることを十分認識し、油断せず精進されるよう平素から指導している次第である。





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